とりあえず、やってみたら、こんな感じになって、
このままだと、続かなくなりそうなので、〈場〉のチカラのほうにも書いた内容を、そのままここに…。(2重トラックバックになってしまいますが…>しんご&シマケン)
とりあえず、やってみたら、こんな感じになって、続いている…ということなんでしょうね、vanoblogは。
しんごの記事に関して(あっちにコメントを書いてもいいのですが、こっちにも話題を持ってきました):シマケンが以下のようなコメントをしています。
たしかに、vanoblogはいわゆるblogとは一線を画しているような気はしていました。
「編集」ということがメインとしてあるよりも、「グループウェア」という表現がしんごちゃんにされていますが、web上での割とアカデミックな(適当でない)やり取りや提案ができる場なのではないかと個人的に理解して使っています。
だからなぜ自分の所にblogを置かないかといえば、blogの使い方として今のvanoblog(35人blog)としての使い方が非常に楽しいので、日記として個人的につかうのなら今のhtmlのままで十分だと思い設置していないんだと思うのです。
ひとまずそのような理解なわけです。
ということですが、この感覚はとてもおもしろい、と思います。おととい、シマケンと「日替わり御膳」を食べながら話したのですが、vanoblogって、べつにこれまでの掲示板(電子会議室)でも、技術的・機能的には可能なわけです。匿名性の問題(つまり、発信者を特定しづらくなるのでいい加減な書き込み、言いっぱなしが増えるなど)はあるかもしれないけれど、研究プロジェクトの掲示板であれば、ある程度「誰なのか」はバレていくし、荒れる…という感じもないでしょう。Authorshipについて言えば、掲示板でもじぶんでエントリーを作成できるわけです。コメント(レス)もつけられます。
にもかかわらず、掲示板(電子会議室)だと、なんとなく(雰囲気としては)マジメな書き込みは少ないのに(ほとんどないのに)、movable typeというのを設置して、全員をauthorとして登録した…というだけで、「web上での割とアカデミックな(適当でない)やり取りや提案ができる場」になってしまうんでしょうか?
掲示板だと他愛のない話しになりがちで、movable typeを使うと「適当でない」話ができるのでしょうか?
これは、とても興味ぶかいですね。つまり、現時点では、ぼくたちは技術的なあたらしさや、blogならでは、の楽しみかたや優れたところを、(ほとんど)わからぬまま(また議論もせずに)使っているわけです。技術的な関心を寄せているひとや、「blog道(どう)」(そんなものがあれば…ですが)を極めているひとからすれば、「邪道」なのかもしれません。でも、vanoblogの3か月間をふりかえって素朴な発見(再確認)は、あるメディア(あるいは、コミュニケーションのスタイル)がどのように紹介され、どのように使い始めるか…という最初の接触のしかたによって、技術そのものの性格づけがおこなわれる場合がある…ということです。それは、技術的な可能性とは、直接関係のないかたちで、性格づけがおこなわれうるということでもあります。
「雰囲気」の時代なのです。とりあえず、やってみたら、こんな感じになって…という時代です。いまのところ、いい感じなので、続いている…。vanoblogはそれでいいのだと思います。シモムラ氏が言うような“CommonBlog”などというのはカッコ良すぎです。“グループウェア”と言うほどの使いかたをしているわけではないし、もしそのためだったら、もっと適したものがあるのだと思います。vanoblogは、PCを立ち上げたら、「なんとなく、来ちゃった」という〈場〉になれば良いのでしょう。それなりに、「適当でない」ことが書き込まれて、みんなが何を考えて、何をしているのか、がわかればじゅうぶんです。35人もauthorがいるから、続けることができます(実際には、頻繁に書き込むひとは10数人かもしれません)。それでいて、外から見ると、「あ、楽しそう」と思える〈場〉になれば、と思います。
