修士論文中間報告を聞いて考えた。
土曜日(25日)は修士課程の中間報告会だったので、朝から発表を聞きました。じつはその前の日(というより当日)朝2時ごろまで某所で食事をしていたので(飲んでないですよ、クルマだったから)、非常に寝不足だったのですが、ちゃんと遅れずに9時に出勤いたしました。
さて、修士論文の発表を聞いていて思ったこと。とりあえず、学生の能力やセンスには差がないと仮定して…。
●その1:常識的なコメントだけど、やはりプログラムや指導体制によって、進捗状況はちがいますね。ちがう…って、かなりちがいます。すでに実証的な調査をおこなって、分析やまとめに入りつつある学生もいれば、これからアンケート調査をします…という学生も。さらに言えば、まだ何をやるのか決まっていない学生もいました。(じぶんもドタバタしながら修士論文を書いたので、すすんでいないこと自体にはあれこれ言うつもりはないのですが)とにかく、進捗状況のバラツキが気になりました。
●その2:さて、では、このバラツキはどこから来るのか…。もちろん、簡単にこたえることはできない問題だとは思うけど、おそらく、SFCができてからの10数年(もちろん教員によって勤めている年月はちがうのですが)で、どのように研究体制やスタイルが確立されてきたかがポイントなのではないかと思います。
テーマや分野によって、スタイルはちがうのだけど、コラボレーションの方法、成果の蓄積・公開のノウハウ、プロジェクト・マネジメントのしかた、そしてツール・メソッドの整理などがどの程度なされてきたか、によって、学生(とくに修士の場合は)の達成度に差が出るのではないでしょうか?これは、「型にはまった」研究という意味ではなく、あるテーマについて、どのようなプロセスですすめていくか、という「研究の方法」を学生に(実体験をともなうかたちで)学ばせているかという意味です。だから、物理的な〈居場所〉(=つまり研究室)の存在も無視できないと思います。修士の研究は基本的には「個人プレー」だけど、やはりそれを刺激し、支える環境は重要です。
●その3:そして、もうひとつ。ふだんから、やはり教員や先輩などと話をする機会をつくったほうがいいです。本当に。メールだって(メーリングリストだって)いいわけだから、日頃から活動内容を見えるようにして、できるだけマメにひとと話をすることが重要だと思います。ひとりでじっくり考えて、文字を書いたり、本を読んだり、孤独な作業も当然要求されますが、やはりふだんの教員とのコミュニケーションの状況が「作品」の到達度にも少なからず影響していると思います。
忙しい、めんどうくさい、気後れして、などと言うひともいますが、「ちょっとした一言」があるかないかで、ずいぶん変わります。こっちだって、ふだんから研究の話を聞いていれば、より細かい部分までコメントできるのだから。イキナリ来て、コメントください…などというのが一番困ります。
で、「修士論文中間報告を聞いて考えた。」の結論です(この結論を理解するためにはかなり“ジャンプ”する必要があります)。
ぼくにも広い部屋をください。
