[ 2004年01月 ]

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2004年01月20日

 きょうのサイドミラー

こんなことって、身に覚えがありませんか?

やるべきことがたくさん(本当に)あるときにかぎって、やらなくてもいいこと(少なくとも、今じゃなくてもいいことは確かなこと)を、ついついやってしまうこと。(そして、それを“現実逃避”などと呼んでしまう。)

1年ほど前から、きょうのサイドミラーを、はじめました。何気なくはじめたのですが、エリオット・アーウィットの写真(Fairgroud Attractionのアルバムのジャケットに使われた写真)を思い出したりしつつ、続けてみようと思ったわけです。

04-01-20_09-46.jpg

クルマを運転しながら、いつも見ているサイドミラーの写真をケータイで撮って、載せているだけなのですが、並べてみると、なかなか面白いです。

では、どうでもいい問題です。上述の「きょうのサイドミラー」をよく見てからお答えください:【】内の数字は配点です。

(1)昨年、事故に遭い、1週間ちかく代車を運転していました。当然のことながら、そのときの代車のサイドミラーは、ふだんのクルマのミラーと形がちがいます。さて、ぼくが代車に乗っていたのはいつ頃でしょう?【70】
(2)ケータイを買い換えました。やはり、カメラの性能(画素数)はアップしていて、ちいさな写真ながら、“あぁ、ちがう”と感じます。さて、ぼくがケータイの機種変更をしたのはいつ頃でしょう?【30】

わかったひとは、連絡してください。
(本当に忙しかったら、やはり、やるべきことをやってください。この時期、みなさん忙しいと思いますので。ぼくも仕事に戻ります。)

2004年01月18日

 火曜日・三田 西校舎ホール

(研究室のトップページをブログにしたら、書かなきゃ、という気持ちが強くなりますね。)

慶応のアートセンターの企画でこんなのがあります。生命を寿ぐ ---- 高校生の声の力

身体の重要性が声高に叫ばれている現在にしてなお、ここまで肉声を駆使した、しかも集団による真摯な試みは類例がありません。集団発声や個人朗唱による和歌や俳句の「読み」は、たんに伝統文化をおさらいする仕草を超えて、若者たちの心に宿る柔軟な感性や自発性が、いまここに開示される場でもあるのです。
とのこと。志木高生が舞台に上がるのですね。ひさしぶりに三田に行って、後輩たち(こういうときだけ、先輩ヅラする…)の姿を見てこようかな…と思います。

2004年01月13日

 インポート

いままで、ちゃんと試したことがなかったのですが、Import/Exportで昨年5月からの分(fklablog)を、すべてこっちに移しました。(あっという間に完了。やはり定期的にバックアップを取っておいたほうがいいのでしょうか…。)あとは、少しずつカテゴリーの部分を修正していきます。
あらためて、fklablogを見てみたら、設置した去年の5月からおよそ8か月の間に記事が57件…。あまり書いていないんですね。ま、ちびちびと続けます。

2004年01月12日

 ルノー

いま、ルノーのルーテシア(ヨーロッパではクリオ)に乗っているのですが、こんなのがありました。(マウスで)クルマを触ろうとすると、セールスマン?にイキナリ怒られます。

http://www.ogilvy.com.br/cannes/fingerprints/peca.htm

2004年01月10日

 2時間スペシャル

「白い巨塔」、木曜日(8日)の放送は録画しました。ちょっと仕事があったので(しかも遅くまで大学にいたので)、あとで観ようと思っているのです。

「白い巨塔」については、前に「財前五郎」というタイトルでここに書いたのですが(じつは、このとき見知らぬひとからトラックバックがあって、キーワードとしての「白い巨塔」にちょっと驚いたり…)、山崎豊子ってスゴイですね。あらためて感じます。『白い巨塔』『大地の子』『華麗なる一族』『沈まぬ太陽』『二つの祖国』…あとは何があるんだろう。全部、人間ドラマですね、壮大な。そうそう、アーサー・ヘイリーの『ホテル』を思い出しました。

あとでビデオを観ようと思っていたのに、シマケンがこんなの書いちゃったので、(あらすじが書いてあったらどうしよう、とドキドキしながらも)「続き」まで読んでしまいましたよ。
ビデオを観たら、コメントを書きます。

2004年01月07日

 無鉄砲ノススメ

某プロジェクトのために、こんな文章を書いた。

何が起こるかわからない。変化の激しい時代にこそ、大胆な発想と実行力が求められます。これからの社会のあり方を想い描き、具体的な活動に結びつける。これが慶應義塾湘南藤沢キャンパス(SFC)の精神です。

福沢諭吉は、『福翁自伝』のなかで、慶應義塾を創ったころをふり返っています。
「何事によらず新くふうをめぐらしてこれを実地に行うというのは、その事の大小を問わず、よほどの無鉄砲でなければできたことではない。さる代りにそれが首尾よく参って、いつの間にか世間一般の風になれば、私のためにはあたかも心願成就で、こんな愉快なことはありません。」

少しくらい無鉄砲でもかまわない。新しいくふうを実践して、社会を変えてゆくひとを育てたい。人間関係を育むネットワーク環境、自在に組み立てることのできるカリキュラム、そして、情熱をもって学ぶ仲間たち。ひとりひとりの問題発見と問題解決を実現する、創意満ちたキャンパス・ライフがここにあります。

2004年01月06日

 ちょっとだけ“うれしい”瞬間。

こんな体験ってありませんか?

クルマを運転しているとき:片側一車線の道路、たとえば長後街道を走っているとしましょう。信号は青なので、クルマを前に(あたりまえです)すすめています。信号のところで、対向車線のクルマが右折しようとしています。一車線なので、右折するクルマを避けて脇を通ることができず、後にいる直進車はストップしてしまいます。(どういう状況か、わかりますか?)
そこで、パッシングをしてから、じぶんのクルマの速度を落とし、右折できるように合図します。(つまり、その右折車に道を譲ることによって、対向車線のクルマが直進できるようにするわけです。)

そのとき、右折するクルマのドライバーは、「ありがとう」の合図を送ってくれます。(まぁ、ここまでは大したことではありません。)
さて、大事な瞬間はそのあとです。

blog-photo-1067215554.29-0.jpg

(長後街道にて:写真は本文と関係ありません)

そのあと、ふたたび、アクセルをふんで直進すると、先ほど右折したクルマの後ろにいたクルマ(直進できずに止まっていたクルマです)のドライバーが、ぼくに向かって、「ありがとう」を送ってくれることがあります。(大型トラックのドライバーは、よくそういう合図をしてくれます)
つまり、「キミのパッシングのおかげで、前にいたクルマが右折して、それによって、ボクは前に進むことができたよ、ありがとう。」ということですね。

わざわざこうやって書いてみると、それほど“うれしい”瞬間とも思えないようなこと…。名前も知らないドライバーとのわずか数秒のコミュニケーション。すぐに忘れてしまうようなことなんだけど、ちょっと気分が良くなるのです。

2004年01月04日

 A3:「日曜日ですし、のんびりやりましょう。」

「日曜日ですし…」って、この質問が出たのは選挙の日だったのか。きょうは新年はじめての日曜日。少しウォーミングアップしてから仕事にとりかかります。(ブロガソンを盛り上げるために、昨日の「駅伝」の密着レポートを見ながら書いています。)

【RB】Question No.3■よくチェックしているblogやサイト(ニュース、情報サイトに限りません)は?またその理由は?について。

・あまり、よくチェックしている…というのはないんです。たいてい、アンテナを見に行って、そこで面白そうなタイトルを見る感じです。とくにSFC Blog Antennaを見ることが多いので、あまり拡がりがないのかもしれませんね。でも、学生が書いている記事を読んでいると、いろいろな情報に触れることができます。
・アンテナも、それほど定期的に頻繁に…というわけでもないです。まぁ気まぐれに見ています。

【こたえ】ほとんどこたえになっていませんが、よくチェックしているblogやサイトというのは、最近は、あまりないです。

2004年01月03日

 リニューアル

www.fklab.netをリニューアルしました。(fklablogのエントリーの一部は、こちらにそのまま移動しました。これまでのindexページはここにあります。

作業はしていたのですが、どういうわけか、ノートPC(Windows)から“Rebuild”できず、今晩家に戻ってから更新しました。“Save”まではだいじょうぶなのに、どうして“Rebuild”できないのでしょう?だれかおなじようなことを経験していませんか?
まさか、ORF直後にコーヒーを浴びせてしまったからではないでしょうね。(乾かして、使っているけど、いまのところなんの問題もないし、“Rebuild”だけできないなんて…ありえないことです。)そういえば、留学中に大学のコンピューター(AppleのColor Classic)のキーボードの上にコーラをこぼしたことがありました。乾かしたのですが、ベトベトで大変でした。

2004年01月02日

 書き初め

無事に新年をむかえました。今年も、ちびちびとブログを続けます。

昨年は、いろいろなことがあったのですが、なんとか“厄年”をしのぎました(今年は“後厄”ですけど)。さて、“厄年”は、そもそもは“役年”から来ているとも言われているわけで、昨年は、それなりの歳になったことをあらためて意識しました。30代は、責任だけあって権限がないというしごと(=まさに雑用というやつです)が多かったように思うのですが、さすがに40代になると、(もちろんそれほどのスケールではないにせよ)責任もそして権限もあたえられるしごとが多くなってきました。それによって、ストレスのレベルが上がったり、無理をして体調を崩したり(当然、昔のように無理はきかなくなってきています)、ということで“役年”の年齢が"厄年”になるわけです。

たしかに、去年は国際学会の事務局長というしごともあったし、学部のしごとも多くなってきました。思っていたよりも学部のしごとが大変で、かつ突発的に予定が入ったりするので、昨年の秋以降はスケジュールがめちゃくちゃになりました。もう少し余裕をもってスケジュールを決めないと(つまり突発的なしごとに備えて、ある程度の“余白”をつくっておかないと!)、しごとのクオリティも下がってしまう結果になります。(と言いつつ、未完のまま年を越したしごともいくつかあるし…。関係者の皆さな、スミマセン。すぐやります。)

2004年です。慶応につとめてまもなく3年になります。最初の2年間は(いま考えるとよくそんなことできたなぁ、とわれながら感心しますが)、毎週京都へ日帰りで授業に出かけていて、ドタバタしつつ終わってしまいました。昨年も夏までは国際学会のしごとでかなり時間をとられていて、それが終わったと思ったら学部のしごとが山のように…。ま、“役年”なのだから、ヒマだったら逆にさびしいわけですが、あっという間の3年間です。
その間、授業に関してはほぼカタチがまとまってきたと思います。これまでの経験では、大体1年間やれば、授業のデザイン、そして学生たちとの距離感やコミュニケーションのスタイルなどもわかってくるのですが、3年目でほぼ固まってくる感じです。それなりに、エンジョイしながら過ごすことができていると思います。けっこう、毎日が楽しい。充実しています。

ただ、調査・研究面ではいまひとつです。雑務や授業で時間がない…というのは、ある程度は「言い訳」になると思いますが、やはりじぶんなりに本を読んだり、文章を書いたりという時間をきちんとつくらないと、ダメになります。今年は、ここ数年考えてきたこと、実践してきたことを整理して、カタチにしたいと思います。
あと、身体ももう少し動かして、健康面にも気を遣いたいと思います。カテキン茶に頼ることなく、体脂肪を燃やすことにします。