今学期をふりカエル(03秋)
(あぁ、もう2月ですよ)この時期、期末試験や入試などでドタバタしていますが、ちょっと気づいたこと。
たとえば、一学期に開講される授業の数(コマ数)を増やしてみる。単純に考えると、クラスの規模は小さくなる。つまり、少人数のクラスがたくさんできる…。開講科目が多様になれば、選択の幅が拡がり、学生はじぶんの関心事に応じて柔軟に学習計画を立てることができる。
というほど、単純ではありません、大学のカリキュラムは…。学生は、曜日や時間で履修計画を立てる(ことが少なくない)し、それなりに居心地の良いクラスのサイズがあります。もちろん、年度によって、入学してくる学生の“気質”(あえて“学力”とは書かない)がちがっていたり、いろいろなウワサによって、学生の履修パターンが変わったりします。
厳密な意味での因果関係はわからないのですが、今学期は少しちがいを感じました。
●看護医療学部の学生が来た…。
まず、「行動と社会関係」の授業を看護医療学部の学生が数名履修しました(過去2年間は、誰もいないか、いたとしても、わずかに1名程度)。これは、素朴によろこぶべきことです。おなじキャンパスにいながら、あまり交流する機会がないので、もっと看護医療学部の学生が履修してくれれば(もちろん、履修することに意味があれば…ですが)いいと思います。
理由はシンプルで、これまで2時限目に開講していたのを今学期は3時限目(13:00〜)にしたこと…なのかもしれません。ちょっと距離があるので、教室間の移動がやはり大変なのでしょう。3時限目にすれば、昼休み(といっても短めですが)をはさむので、余裕を持って移動できます。(授業の内容によりますが)3時限目に開講すれば、履修する学生のバリエーションが増える(かもしれない)ということでしょうか。
いずれにせよ、「行動と社会関係」の授業で取り扱っている内容(素材)は、看護医療学部の学生にも役立つと思うので(逆に、「スリーテン」「ウィンターサバイバル」などの演習について、どのように考えるか、学生の意見を聞いてみたいので)、来年度も3時限目にしてみようか…と思います。
●1時限目なのに学生がたくさん…しかも出席率はわりと高かった。
もうひとつ、「社会調査法B」(来年度より「フィールドワーク法」)にも変化がありました。過去2年間はだいたい40人程度で開講していました(とくに履修制限は必要なく、ふつうにそのくらいの規模に落ち着く感じでした)。この授業は朝が早いこともあってか、徐々に出席者数が減っていくというパターンだったのですが、今学期は70名規模(教室が窮屈ですみませんでした)、そして学期をつうじて出席率もわりと高かったと思います。
その理由は、秋学期に開講したということかもしれません(ここからは、かなり勝手な想像です)。そもそも「社会調査法B」はその名称どおり、方法論的な議論・演習が中心で、その性格上1年生(2年生)の受講が多い授業です。1年生の授業えらびは、高校生から大学生への環境の変化(あたらしい環境への適応)とともにおこなわれるので、上手くやることが重要です。大学の授業はどのくらい大変なのか、1時限目(厳密に言うと、藤沢市遠藤における1時限目)がどのくらい眠いか、グループワークにおける人間関係がどのくらいストレスを生むか…などなど、さまざまなことを実体験をともなうかたちで理解することなく、「初めての履修登録」をするわけです。(当然、かならずしも信憑性の高くないセンパイたちの助言もあったりして、ノイズが入ります)
つまり、1年生の春学期の履修計画は「初めて」のことがあまりにも多いのです。今年度は、これまで春学期の1時限目に開講してきた「社会調査法B」を、秋学期に開講したのですが、かなり学生の質(つまりは授業の質)が変わったように思います。1年生は春学期に学生生活を送り、その上で1時限目を履修するわけですから、“それなり”の意識の高さと覚悟をもった学生が履修したようです。結果として、授業そのもののクオリティも向上したと思います。
かなり感覚的で、当たり前の話ですが、じぶんの授業をどこに・どのタイミングに配置するかによって、履修する学生も変わる、ということでしょうか(当たり前、と思いつつ試したことはありませんでした)。秋学期は、いろいろな実務的な調整の結果として、開講する時間(時限)や学期が変わったのですが、ある程度はこちらで意識的に変えることができるわけです。シラバス(授業内容や運営方法)だけではなく、開講時間・時期も“実験”のために使える…ということです。
いま、来期からの〈場〉のチカラプロジェクトの履修希望者の選考をすすめている最中ですが、希望者のなかに「社会調査法B」の履修者が多くふくまれている…というのもこれまでにはなかったパターンです。ぼく自身の志向(試行)する調査方法・アプローチを、授業をつうじて知った上で「研究プロジェクト」を履修するのは、一つのパターンとして歓迎すべきなのでしょう。
