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2004年04月28日

 代ケーと呼びます。

昨日の嵐はすごかったですね。きょうは晴れて、気持ちが良い朝です。なんとなく夏の空という感じです。

1週間ほど前、急にケータイが壊れました。昨年の12月に機種変更したばかりなのに、落としたわけでもないのに、何か特別なことがあったわけでもないのに、液晶が消えました。あと、音も。ボタンのところは光るので、電池には問題ないみたいです…。それほど酷使しているほうではないので、ケータイが壊れても困らないだろう…と思っていたのですが、意外に不便ですね。学生(就職活動中の学生!)や、日常の業務につかっているビジネスピープルは、ケータイが壊れたり(忘れて家を出たり)したら大騒ぎですね。その大騒ぎぶりにちょっと違和感をもっていたのですが、なんとなく、わかった気がします。

そこで、ボ(ヴォ)のショップに行き、修理の依頼をしました。学生に聞いたら、「そんなの常識…」というようなさめた反応だったので、わざわざ書くほどのことではないかもしれないのですが、ぼくは知りませんでしたよ。ケータイが壊れたら、修理期間中、代替機器というやつを貸してくれるんです。これって、みんな知っていたんですか?契約のときに渡される書類をよく読めば、どこかに小さな(大きな?)文字で書いてあるのですか?
昨年の秋にクルマをぶつけられたときは、保険会社経由で、代車が届けられ、それで数日通勤しました。代車については、あたりまえ…だと思っていたのですが。ケータイによるコミュニケーションを維持することの社会的な意味が、つくられてきているのですね。修理中にケータイでのやりとりが絶えると、大変だ…ということなのですね。代替機器を貸してくれるなどと思っていなかったので、迅速な対応に驚き、「操作に慣れているでしょう?」「ご自宅にある充電器がそのまま使えますよ!」という理由でおなじメーカーの機種を貸してくれました。「なるほど、確かに。」と思いつつ。借りた端末には代替品というシールが貼ってあるのですが、代ケーと名づけます。(以後、同様のケースを体験したひとは、代ケーと呼んでください)

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【代ケーの見た空(嵐の翌日)】

さて、まったくどうでもいい話なのですが、ケータイが壊れた日、ドのひとと会う約束があったんです。
(その前にぼくの携帯/ケータイ小史)ぼくが初めて買った携帯はツのMO(重かった)だったのですが(※注:メール等の通信機能がない場合は携帯、メールその他の機能がある場合はケータイと書きます)、ジョグダイヤルがついてSOに変更。ネットワーク接続ができるんだ、ということになったので、ドのNに変更、その後、映画『マトリックス』を観て、NKに変更しました。そして、今度はカメラが付いた、というのが面白そうなので、ドからジェに移行。そのままジェがボ(ヴォ)になっているわけです。ほとんど、通話のためというよりは、端末の機能でキャリアまで変えてきたわけです。ということで、修理中の機種はボ(ヴォ)の端末なのですが、どういうわけかドのひとに会う日に壊れました。偶然ですけどね。

と、またしても偶然(本当です)、これを書いている最中にボ(ヴォ)から電話があって、修理が完了したとのこと。代ケーは、10日ほどの役目を終えて、また誰かのために働くのですね。ありがとう。

2004年04月20日

 こっちも、はじまりました。

大学(本務校)での授業がスタートして、あっという間に2週間。とくにこの時期は、さまざまな登録があったり教室変更をお願いしたり…。ドタバタしつつ時間が過ぎていきます。

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そんななか、もうひとつの大学(兼任)--- ネコミ大学 --- のほうも、無事に開校しました。まだまだ工事中なのですが、4月12日の入学試験(倍率はだいたい4倍弱?)を終え、昨日、健康診断とオリエンテーションが済みました。

今年も、昨年に引き続き(依然として準備はじゅうぶんとは言えないものの)「ネットワークコミュニケーション・ゲーム(ネコミゲーIII)」を実験的に動かしながら授業をすすめていきます。今年のテーマは「大学」です。アイデアの源流は、地域開発や都市計画でおこなわれているゲーム、たとえばA. Feldt(1972)の“CLUG(Community Land Use Game)”や、H. Sanoff(1979)の一連の「まちづくりゲーム」にあります。もう少し広い意味での体験学習的な方法については「行動と社会関係」(秋学期開講)という授業で、引き続き取り扱っていくつもりです。

ゲーム(ゲーミング)によって構成される環境が、コミュニケーションを研究する際に示唆に富んでいるという点については、「メディアとしてのゲーミングシミュレーション」に書きましたが(加藤, 1998)、おなじような考え方のもとで学習環境のデザインを試みています。ゲームによって、ひとつの構造化された(制限された)コミュニケーション環境が構成されることになるので、そこでのコミュニケーション活動を理解することによって、ひととひととのコミュニケーションをめぐる問題点や課題が、よりわかりやすくなると考えられます。また、友人である産能大学の長岡さんが、かつて授業の運営を“Company Consultant Client”(産能大学経営情報学部長岡ゼミ, 1998)というゲーム的な環境ですすめた試みも参考にしています。今年は、長岡ゼミのメンバーも、ネコミ大学への入学(これは指定校というか特別推薦枠いうことになります)が決まっています。

今年の「ネットワークコミュニケーション・ゲーム」は、とくに以下の点を強調しながらデザインしたいと思います。


(1)ひととひととのコミュニケーションについて考えるための〈共通体験〉の機会を構成する。とくにアイデンティティの問題や、複数のヒューマンネットワークのメンバーとして生活していることをあらためて考えるきっかけをつくる。
(2)〈ゲームで構成される世界〉と〈その他の世界〉とを、意識的にむすびつけておく。教室での「授業」とネットワーク上の「タスク」が相互に浸透するような環境を構成することによって、ふだんの複雑な人間関係やネットワークをやりくり(=マネジメント)している能力やセンスを再認識する。

今年度は「バージョン3.0」です。やりだしたら止まらなくなって、しかも昨年度の履修者が気合いを入れて手伝ってくれたいて、「ネコミキット」の配布も実現するでしょう。とくに〈ゲームの世界〉と〈ふだんの世界〉とを結びつけるための仕掛けを、「ニアミス」という観点からつくりたいと考えています。

ネコミ大学の学生(プレイヤー)からの意見を採り入れながら、ゲームの完成度 --- つまりは大学としての水準 --- を高めていきたいと考えています。気づいたことなどあったら、連絡してください。(かなり気が早いですが)次年度に向けて、こうしたゲーム環境のデザインに興味をもったひとは連絡してください。
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・Feldt, A. (1972)CLUG: Player's Manual. New York: Macmillan.
・Sanoff, H. (1979) Design Games. Free Press. 小野啓子訳『まちづくりゲーム』(1994)晶文社.
・加藤文俊(1998)メディアとしてのゲーミングシミュレーション『ゲーミングシミュレーション』社会科学のフロンティア 8(pp. 125-168)日科技連出版社.

2004年04月09日

 はじまりました。

昨日から、授業がスタートしました。あっという間に3年間が過ぎ去り、4年目の春です。朝、クルマを運転しながらいろいろと考えました。学生の気質が変わったとか、学力が低下したとか、いろいろな議論はありますが、本当にそうなんだろうか?

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【昨日の朝。もうすぐ到着です。】

たしかに、かつての“あたらしい”キャンパスは、15年ほどの時間を経て変わっています。“昔はこうだった…”と設立当初の熱い雰囲気について語ることはいいのですが、やはり、どちらかというと、つねに〈いま〉と〈これから〉を考えたいと思います(もちろん、昔はどうでもいい、という意味ではなく)。学生にしてみても、“昔はこうだった…”と言われることは、かならずしもハッピーなことではないでしょう。不安さえおぼえてしまうかもしれません。

忙しいことは事実だし、ますます忙しくなりそうな予感ですが、もう一度、じぶんの役割について考えました。やはり、きちんと学生と向き合って、話をしたい(フェイス・トゥ・フェイスにかぎらず)。授業やプロジェクトというかたちをとらざるをえないとは思うのですが、とにかく、マジメに丁寧にこの仕事をしたい。何よりも、ぼく自身が仕事を楽しめる状況をつくらなければ、つまり、教員が活き活きと楽しそうにしていなければ、学生も楽しくならないでしょうから…。新学期はいつも熱いです。

2004年04月04日

 新学期

木曜日から、授業がスタートします。2004年度春学期に担当する科目のシラバスを公開中です。(昨年のものとさほど変わっていない…と、気づいたひともいるかもしれません)

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【左:Before / 右:After ※写真は本文とは関係ありません。】

ネットワークコミュニケーション
フィールドワーク法
研究プロジェクト(C型):〈場〉のチカラ

・「データ獲得法入門」第3回(4/27)および第4回(5/11)
・「プロジェクト総合講座B」第4回(5/10)
・あとは大学院 政策・メディア研究科「ソシオセマンティクス特論」「概念構築B」の一部で話をすることになるでしょう。

2004年04月02日

 メッセージの嵐

【ノンフィクション】
それは、午前4時ちょっと前のことでした。雨は降り続けていましたが、某所はずっと蛍光灯だし、あたりはとても静かだし、外界のことはわかりませんでした。
そして、T山さんがさりげなくリターンキーを押して、公開です。その瞬間をケータイのカメラで写したのですが、疲れていたのか、それとも興奮していたのか、いま確認したら保存されていませんでした…。歴史的瞬間は、ぼくたちの熱いハートのなかに永久保存です(まぁいちおう、現場に居合わせたS水さんにお願いしておいたので、写真が手に入るかもしれません)。

昨日午後4時半くらいから、戦いがはじまりました。
これが、いわゆる2004年4月1日の“K舞の乱”です。すでに伝説です。

「もう、ダメかな」という想いが全員の頭をかすめたころ、K谷さんのメールで戦いがはじまりました。“え、そんなの、もうちょっとちがうやり方があるんじゃないの?…”という疑問はたやすくはじかれ、怒濤の攻撃。メッセージの嵐です。最初はK谷 VS Y本の“アップ”と“消し込み”の攻防を傍観していました。これで、すべてが「完了」すれば決着がつく。そう思いながら、観戦です。そんな嵐の状態が1時間半ほど続き、いつまで続くのか心配していたところに、最近家に帰っていないS鳥さんが参戦。混戦です。

ぼくはずっと他の仕事をしながら様子を見ていたのですが、7時ごろになって某所へ移動。そこではS木さんとY野さんも戦っていました。疲れが充満し、新鮮な空気が必要になります。やがて、ぼくも(まるでじぶんから飛び込んだかのように)嵐に巻き込まれました。1回送信すると、3通返ってくる。負けずに連投です。いったい、どのようなかたちで終局がもたらされるのか、よくわからないまま出前を注文しました。

一時休戦状態になったものの、特製ドレッシングの成分を考えているヒマもなくふたたび嵐の中に。ほどなく“おかしら”が様子を見に立ち寄り、ようやく晴れ間がのぞいてきたことを確認して帰宅。

ときどきY崎さんやT崎さんからのメッセージも飛んでくるようになりました。こちらもS水さんが“消し込み”に参戦。Y本さんはどうやら栄養補給に入ったようで、連絡がつかなくなりました。日付が変わるころまでに、この嵐のなかを駆け抜けよう…と団結し、エイプリルフールの4月1日が過ぎ去りました。いま考えると、本当にウソみたい。

その後もズルズルと戦いが続き、もう何時頃だったのか覚えていませんが、ついにT山さんが登場。スピード感のあるキータッチで、この戦いを終えるための準備をはじめました。3時をメドに…と言いつつ、けっきょく4時少し前になりました。ドアの窓にフィットした縦長のロールスクリーンがどこから来たのか気にしながらも、T山さんは作業をすすめ、ついにその時をむかえました。

こうして、“K舞の乱”(フェーズ1)は終わったのでした。

皆さま、本当にお疲れさまでした。本当の戦い?はこれからです。その前にビールかけしてお祝いしましょう。
(わかるひとにはわかると思うのですが…ヘンな記事でスミマセン。まぁ、こんな感じで新年度をむかえました。)

* 追記(23:55):さて、今朝は、寝不足だったこともあって、かなりハイテンションで書いていますねー。その後、S水さんから写真が届いたりもしたのですが、けっきょく、ぼくのケータイにも保存されていました。歴史的瞬間です。

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【左:T山さんが、リターンキーで終局をもたらす/右:某所の時計…公開直後】