修士論文の発表を聞いて考えた。
昨日の晩、大学院・ソシオセマンティクスプログラム(SSP)のミーティング。今学期で修士課程を修了予定の学生が、最終試験(プレゼンテーション)のリハーサルをおこないました。発表した学生それぞれのテーマはちがうものの、いくつか気づいたこと。
(1)実証的ということ:SSPにかぎらず、どこのプログラムでも実証的な研究が推奨されていると思います(実装的?、というのもふくめて)。これは、個人的には良いことだと考えていて、コンパクトでもいいから、(広い意味での)データ分析をおこなって、そのなかからアイデアを出す…というスタンス。あえて極端に言うと、内容はともかく、調査のデザイン・実施・分析・考察・報告という一連のプロセスをひとりで“やりくり”できるか、が問われるということです。考えてばかり(頭でっかち)の学生も少なくないし、だからといって分析そのものが目的になる(とりあえずデータ分析…)パターンもあります。じぶんが修士の学生だったころを考えると、まぁそんなものか…と思ったり。バランスの良さが大切です。
「じゃあ、どうすればいいの?」という質問に、きちんとした答えはないのですが、ひとつは「じぶんのことばでしゃべること」だと思います。じぶんで意味のわからないことば/きちんと言い換えることができないことばは(たとえそれが“学問的な響き”をもっていたり、担当教員が好んで連呼していたり、ちょっとカッコよくてもっともらしかったりしても)使わない、ということ。逆に、わからないんだったら、ちゃんとことば(概念)を勉強すること。これを意識しすぎると、沈黙せざるをえなくなるのですが、意識的に日常生活のことば(ことばがムリなら、具体的なエピソード)で言い換えてみること/語ってみること、これは大切です。
(2)ストーリー:昨晩聞いていて感じたのですが、やはり、プレゼンテーションの構成がキーなのかもしれません。最終試験がプレゼンテーションだということは、当然、プレゼンテーションをきちんとデザインしなければならないわけで、論文とは少しことなるコミュニケーションを意識しないとマズイですね。一連の調査・研究の成果を20分間に凝縮するのは、なかなか難しいとは思うのですが。目的・方法などについては、きちんと整理してわかりやすく。そして展望や今後の課題ということについては、もっと大胆に。
もうひとつ、発表20分+質疑10分という構成について。これは、20分だけ“やりくり”する(あるいはなんとか凌ぐ)という考えではダメなのです。つまり、30分(想定される質問への対応もふくめて)を意識するということ。プレゼンテーションをする立場だとそんな余裕はないかもしれないけれど、最後の10分(質疑・コメント)をつうじて、気づきがあったり、あたらしいアイデアが生まれたりすることもあるわけで、むしろ、それがひとつの目的なのだと考えてみる。20分間のプレゼンテーションは、その10分間のためにある…と発想してみてはどうでしょう?
最終試験は2週間後の27日(火)です。論文はすでに提出されているので、もはや取り返すことはできないのですが、最終試験に向けての“チューニング”はまだまだ可能だと思います。がんばってください。
