ビッグマンで待ち合わせ
ひさしぶりに関西に行ってきました。つい数年前まで暮らしていたことさえ忘れてしまいそうなほど、忙しい毎日なのですが、新幹線の窓を流れる景色で、とたんに記憶がよみがえります。京都に近づくと、ほんの一瞬、キャンパスへと続く道が見えます。高架と直交するその坂道を、ふだんはクルマで通っていたのですが、きょうは上を通過です。その懐かしい風景はすぐに消えてしまい、やがて山科のトンネルを抜けます。
大阪での仕事のあと、R大のころのゼミ生と食事をしました。きょうは(というより、きょうも?)東京に戻る電車の時間を気にしながらの数時間でしたが、ひさしぶりに会って、愉しく過ごしました。卒業して、もう3年目?まだ3年目?…時間は早く過ぎているようでもあり、じつはゆっくりなのかもしれないなどと考えつつ、淀川の向こうに陽が沈むのが見えて、ビールと酎ハイというところでお開きになりました。
職場が変わる。450キロも遠くに行く。大きな変化があったということ、とても忙しかったということは、正当な言い訳になるのかもしれませんが、やはり、あの時期は、多くのひとに迷惑をかけてしまいました(いまさら、こんなことを書くのもヘンですね)。結局のところは、西でも東でも、中途半端な仕事しかできず、不本意なじぶんに嫌悪感のようなものを抱きながら、時間が過ぎました。あの2年間は、書きかけのまま出せずにいる手紙の返事のように、あの頃からずっと心の片隅に残っているのです。「あの頃のぼくは、本当のぼくではない」などと言って、お詫びをして、償うという性質のことではないし、そもそもそんなことは不可能です。いずれは笑ってふり返ることができるだろう、と思ったりもします(きっと、そうです)。それよりも、これからどうするか、を考えることが大切なのでしょう。
たとえば若貴が、また笑いながら握手をしてくれるかどうか…それについては時間に任せるしかないのかもしれません。でも、時間が経つのを待つだけではなく、時間をつくってゆくこともできる。そう思います。べつに、何か思いつめているわけではないのです。重大な決断をしたわけでもありません。ほろ酔い気分も手伝って、きょうはなんだかいい一日だったなぁ、と余韻に浸っているのです。笑い声も“オバちゃんトーク”も「がんばれジーコ・ジャパン」も「最近、松坂世代スゴイ」の話も、他愛のないことのようでいて、確実にぼくの深いところに届きます。うむ。きょうは愉しかった。
ぼくがあの2年間を背負っていることなどとは無関係に、車窓の風景は流れます。電子メールではなく、ハガキのスピードで、これからの時間をつくりたいと思います。ありがとう。

コメント
そばにあるやつは、"CO-BIGMAN"。スクリーンの縁にそう表記されていますよ。"CO"が「子」か「小」なのかは定かではありません。 BY 元R大生。現、ビッグマンのある駅の駅員。
Posted by: kentaro | 2005年06月14日 08:43
自分はどっちかというとゴールデンエイジですが、なんだか久々に優しさいっぱいのコメントですね。
今は「まだ3年」という気分です。あの時したかったことやできるんじゃないかと思ったことは確かに半端な感じで終わっているのかもしれないけど、
これからのためのきっかけ作りとしてはなかなかいい時間だったと思っています。きっと何かの拍子にそのきっかけが芽吹くのです。
さ、仕事がんばろ!
Posted by: marlbo | 2005年06月07日 11:21
後ろで流れてる荒井ゆみの歌が妙にこの文章と合うなあ。愉しかったですよ!テンションあがるわ〜
Posted by: NY | 2005年06月05日 21:02
子ビッグマンという名前では呼んだことはありませんが、いわれてみればそっちを指して、「小さいほうね」という会話をしたことがある気がします。
…てことはそう呼ばれてるかも。
Posted by: yucca | 2005年06月05日 15:12
おぉ、出たな、関西人!
そう、待ち合わせはビッグマン、ですよ(それほどビッグじゃない気もするけど)。
ところで、あのそばにあるやつ、「子(小)ビッグマン」と呼ばれているのは本当ですか?
Posted by: fk | 2005年06月05日 09:49
タイトルが懐かしすぎて思わずコメント。
やっぱり待ち合わせといえば、ですよね。
Posted by: yucca | 2005年06月04日 08:46