• 2005-06-17 07:56:51
  • 黄色い太陽
梅雨入りしました。昨日はずっと降っていましたね。
大人になると(というより、歳をとると)、“子供らしさ”を求めたりします。『ビッグ』(トム・ハンクスのやつね)で描かれたように、子供にはのびのびと自由な発想がある。たしかにそうだな…と思いつつ、子供の日生まれの代表(※注:もはや、いまでは腰痛に悩まされるオジサンです)として、子供の言い分です。そう、子供は子供で、意外と窮屈だったのかもしれない…などと思うのです。小学生のころの話なので、記憶はあやふやで、おそらく誇張されているとは思うのですが、腰に手を当てて、ビンに入った牛乳をクイッと飲んでしまいそうな、そんなKさんのことを思い出しました。

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ぼくは昔から、絵を描くのはきらいではありませんでした。小学生のころの絵も、探せばたぶん何枚か出てくると思います。画伯(※注:現在4年生のか●ちゃん)ほど上手ではなかったのですが、とにかく描くのは好きでした。不思議なことにクラスで「絵を習った」という記憶はありません…にもかかわらず、クラスのみんなが、空は「青」、太陽は「赤」、そして人の顔は「肌色」といった具合に、まるで、あらかじめ決められているかのように絵を描いていたことを覚えています。パレットというものがありながら、絵の具を混ぜることはあまりせずに、チューブから出てきた色をそのまま使うような感じです。そう、のびのびと自由な発想ではなく、極端に言えば、「お決まり」の絵が同時にたくさん描かれていたわけです。
もしかすると、ぼくの小学生時代というのは、ちょうど“豊かさ”が生活の身近なところに目に見えるかたちで現れていたころで、混ぜる必要がないくらい、何色もの絵の具が箱に入っていたのかもしれません(何色あったのか覚えていないのですが)。

そんな中で、Kさんの絵だけはちがっていました。一番強烈に覚えているのは、黄色い太陽です。さらに、人の顔も「肌色」(たしかにあの「肌色」というのはヘンですね)ではなく「黄土色」とか「茶色」のような感じでした。そのことを、なぜか鮮明に覚えています。どことなく、ぼくたちの描く絵が(子供ながらに)子供っぽく見えて、Kさんの絵は、(適切なことばが見つかりませんが)“外国っぽい”感じがしました。おそらく、Kさんには、ぼくたちには見えないものが見えたのだと思います。そう、もちろん真っ赤な太陽もあるけれど、黄色い太陽もあるのです。子供の世界では(大人の世界でもそうですが)、ひととちがうということが、場合によっては歓迎されなかったり、じぶんを孤立させてしまったりすることも、Kさんはすでに知っていたのかもしれません。ぼくは、なんとなく黄色い太陽や“外国っぽい”絵のほうがかっこいいな、と思っていながらも、じぶんが赤い絵の具をつかっていることが、少し恥ずかしいような気分になりました。

さて今ごろKさんは、夜ごとにネットワークを徘徊し、腰痛に悩まされているかもしれません。梅雨の晴れ間には、じっくりと太陽を見上げてみたいと思います。暗くてジメジメした日が続いた分だけ、太陽はまぶしく見えるはずです。確実に夏に近づいていることを感じさせてくれます。そして、きっとそれは、黄色い太陽なのです。

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