• 2003-06-02 07:56:05
  • 分類不能
もともとは、〈場〉のチカラのblog [vanoblog] のほうで、yogoくんが書いた記事なのですが、
あっちでは、記事の運命がどうなるかわからないので(…という実験をするので)こちらにコピーしておきます。こっちでも、育ててみます。

タイトル:スタバ写真騒動(もしくはblog編集権練習場)
サブタイトル:ちゃんと、みんなで文章を書いてみようぜ。

ケータイに付いたカメラで写したモノを「写真」として認めるかどうか。これについては、いろいろな議論があるかもしれませんね。デジカメが登場した頃にも、そういう議論があったように記憶しています。ちいさくて、しかも画面で見ることの方が多いような、ケータイで撮った「写真」(あるいは「写真のようなもの」)は、いったい何なのか。これについて考えてみたいと思います。

スタバで友だちと写真を撮る、なんていうことは、フツーにありそうなことです。店内の様子を観察するなんて、まず考えていないし、肖像権というものが(その存在は知っていても)いったいどういう時、どのように問題になるのか、などということはあまり意識していないでしょう。ちょっと記念に、ちょっと友だちがヘンな顔をしたから…。テーブルの上に置いてあったカメラ付きケータイで、“ピロリ〜ン(これJ-Phoneです)”。これが毎回毎回咎められ、「いまの消去してください」などと言われたら、もうスタバには行きませんよ。

もちろん、ここではスタバそのものを問題にしようというのではなく、カメラ付きケータイはどこまで許されるのか、どこまで入って行けるのか、を考えるきっかけなのです。

スタバ写真騒動

  • 2003-05-17 00:34:26
  • 記事の〈居場所〉
いま、大学院の方では「ネットワークスタイル2」というプロジェクト科目を担当?しています。「ネットワークスタイル」プロジェクトは、iMapや視聴質調査、日本のスイッチ、などの活動です。「ネットワークスタイルの裏」というのはハマノ師が主宰している?ので、ぼくは、(やや安直な感じもしますが)「2(ツー)」として活動します。

そして、メンバーはblogを設置して、毎日200字程度書く…というのを実験的にすすめてみようということになり、無事、昨日設置されました。で、その間、〈場〉のチカラの時間にも「ブログ、ブログ」と口走っていたため、知らないうちに多くのメンバーが設置していました。しかも、アンテナもできちゃいました。

vanoticaな人々のblogアンテナ(by しんご)

短期間に伝播(設置されたという意味で)しましたね。

でも、ここからが、面白いのでしょう、きっと。さっきマツムラくんとも話したのですが(@六本木ヒルズ)、同時多発的に生まれたblogは、それぞれのテイストをもっているわけなので、それはそれで、アンテナなどを使って読むことにして…。


そのいっぽうで、blogどうしの関係性について、ぜひ考えていきたいと思います。やはりblogどうしの〈つながり〉は興味ぶかいですね。
参照・引用というカタチをとりながら、あるテーマが「どこで」議論されているかというblogの〈場所性〉の話と、〈場〉のチカラ・プロジェクトのテーマとが密接に関わっているように思います。
blogの仕組みとして(そしておそらくblogのカルチャーとして)の面白さは、参照・引用によって〈つながり〉を生むという点です。つまり「オリジナル」の記事が、その著者の書き込んだblogだけではなく、他のblogにも(間接的に)載るわけで、その意味で記事は複数の〈居場所〉をもつことになります。それは、愉しさをともなうプロセスです。たんにメーリングリストにメッセージを送るのとはちがって、だれがが読んで引用なり参照なりしているはずなので、(理由はともかく)じぶんの「オリジナル」の記事がもうひとつの〈居場所〉を見つけたことはウレシイ。

当然のことながら、「オリジナル」は引用というカタチで分節化され、コンテクストは見えにくくなります。「オリジナル」そのものに曖昧な表現がふくまれていた場合、さらにわからなくなる。トラックバックやリンクで、「オリジナル」までたどる…ということ自体は楽しいし、それをたどることによって、ひとつのアイデアがどのように理解され、それぞれの〈居場所〉に向かったのか、ということをある程度再現できます。(そして、それはオモシロイのです)

ただし、みんながそうやって読んでいるとはかぎらないので、分節化された「オリジナル」は、違和感をもちながら、あるいは不当な扱いを受けながら、べつのblogで暮らすことになるのかもしれません。当然、誤読(創造的誤読もふくむ)もあります。逆に、「オリジナル」として載っているよりも、べつのblogで議論されることによって、より〈生き生きと〉する可能性もありますね。つまり、「オリジナル」のblogで飽きられてしまって、深化していかない記事は、他のblogに引っ越してこそシアワセになる場合もある…。分節化され、引用される可能性を考えて、(べつのblogでもそれなりの〈居場所〉を見つけることができるように)「オリジナル」を丁寧に育てなければ…などと思いました。

と、ダラダラと書きましたが、こういう議論はそれほどあたらしくないですね。そもそも、アカデミックな文章の多くは引用と参照によって構成されているわけですから。ポイントは、そういった一連の議論がblogによって「見える」「見えてしまう」ことではないかと思います。

べつの内容を書くつもりではじめたのですが、ちょっとちがう内容になってしまいました。また書きます。

  • 2003-05-11 09:46:30
  • アカデミックなジャーナルとして
マツムラくんやハマノ師にうまくのせられた感じもしますが、blogについて考えつつ。

すでに少し書いたかもしれないのですが、ぼくとしては、やはりアカデミックな文脈でのblogの利用に興味があります。

さっそく、大学院のプロジェクトのメンバーにはblogの設置を指示しました。試験的に、ではありますが。ありがたいことに、設置のしかたとかいろいろなTipsがそろっているし、それほど緊張せずに実験をスタートすることができます。
まずは、〈アカデミックなジャーナル=調査・研究日誌〉としてblogを使ってみてほしいと思います。あまり強制的にやると結局長続きしないだろうし、「書くために書く」というのはよくないことかもしれません。blogは、よく「スクラップブック」のようなものだと表現されますが、じぶんの関心領域についてのメモ、読んでいる本の引用箇所、URLなど、載せておく…ということです。


ポイントは、それが“パブリッシュ”されるという点です。おそらく、とっておきのヒミツのネタは載らない(公開されない)のでしょう。ただ、ある程度オープンにすることによって、情報収集がラクになるということは、(blog以前から)経験的に感じていることでもあります。つまり、じぶんの関心領域や考え方を、「ある程度」オープンにしないと、アイデアが進化・深化していかないと思います。
相互に参照しながら、アカデミックなジャーナルとして綴っていけば、それ自体がプロセス・コンサルテーションとして理解できるでしょう。

いまアカデミーヒルズで「ファシリテーター専修講座」というのを担当していますが、学習プロセスのファシリテーションに有用な環境として、blogを位置づけることもできます。
メーリングリスト(メール)、掲示板、そしてウェブログ。こうした複数のコミュニケーションスタイルを組み合わせること・使い分けることが難しい点でもあり、考えていくべき点だと思います。

  • 2003-05-05 09:24:17
  • なるほど。blog試運転中に考えたこと(その2)
とにかく「三日坊主」は避けたい…というblogです。

すでにどこかで論じられていることかもしれないのですが、blogにおける「時間」について:

まず、blogを書くときの感覚が「掲示板」への書き込みでも、ちょっと長めの「メール」でもない、ということ。これについてはもう少しblogの世界を体験してから書きます。いずれにせよ、一度書いて、それをblogとして確認して、さらに細かく直して…という一連のプロセスで気づいたのが、「日付」の問題です。

更新する際に、「作成日時」の欄には「最初に書いた日時」が表示されています。つまり、「エントリーを新規作成した時」の記録です。


ひとによってやりかたはいろいろだと思いますが、時間がないときなどは、少し書いておいて、あとから続きを書くとか、誰かの記事を読んだあとで加筆・修正するとか、blogのテキストは逐次書き換えられていく、という可能性があります。
(もちろん、これは記事のタイプや著者のスタイル・方針によってさまざまです)

ぼくとしては、書き換えられていく、というのが面白い…と感じているので、極端に言ってしまえば、他の記事の影響やじぶんの考えの変化していくプロセスが記録されなくてもべつにかまわない…と思ったりします。むしろ、その変化していくプロセスを「目撃」すること・されることが楽しさなのかもしれません。

さて、この記事ですが、書き始めたのは5月5日の9:24です。文章はどんどん変わっていくのに、「2003-05-05 09:24:17」は残る。しかも、数日前実験したら、昔の日付で書くこともできるようです。そのときは、思いつかず、1か月くらい前の日付で記事を書いてみましたが、もしかして、mtがこのように流通するはるか昔の日付で記事を書くこともできるのでしょうか?
この「日付」の問題については、また書きます。いちおう、この段階でpublish!

  • 2003-05-03 09:49:02
  • なるほど。blog試運転中に考えたこと(その1)
あまり、ペースを上げずに書きます。続けることが大事…と思うので。

blog超初心者の素朴な感想:トラックバックの「お知らせ」はウレシイ!

いやしかし、内輪どうしでトラックバックしているだけではダメなのでしょうね、きっと。もっと拡がらないとね。トラックバックのおかげで、その記事を読みに行くと、またいろいろと考えたり、ああなるほど、という感じで「書こうかな」という気持ちになります。

■blogの面白い点(メモ)
さっそくですが、ハマノ氏(いやそれともハマノ師なのか)が、
blogのちょっとしたよさとして、「なんだかんだでトピックをセレクトするbloggerの主観性」というのがびみょうに挟まってくるところが、いいのかなと。「人柄が垣間見えるからいい」みたいな表現をされるんだけど、これって俗な感覚に見えて、意外に侮れないと思う。


と書いていますが、これには同感です。“blogとは”を考えることはとても興味ぶかいテーマです。


やはり大学での研究テーマ(研究のためのフィールド)としてblogを考えるのであれば、知識の生成とかふだんのコミュニケーション行動がどのように変わりうるのか、ということを考えてみたいと思います(個人的には)。ぼくとしては、奥出さんの『思考のエンジン』の延長上で考えてしまいます、このテーマは。もちろん、ぼくたちの目の前にあるツールはかなり進化しているけど、本質的な問題意識は同じでしょう。知識が生成されていく過程が(限定的であっても)可視化され、著者自身がそれを見ることができる。さらには逆戻りして、過去のアイデアを「再生」できる、ということがどのような意味をもつのか。『思考の…』は面白かったなー(もう一度読み直してみよう)。
blogは、ひとと一緒に「エンジン」を動かすようなことなのかな。

まだよくわかりませんが、「客観性」「主観性」ということばはあまり気にしないでいいのではないかと思います。というより、ぼくとしてはもっとその「人柄が垣間見える」という部分を見てみたいと思います。そして、「人柄」というとき、「誰の」という点が重要になってくるでしょう。

・じぶんが気になっていることがらを「あの人」はどう考えているんだろう。
・「あの人」はいま何に興味を持っているんだろう。

という意識が、トラックバックへとつながるのではないかと思います。問題は、「あの人」をどう選ぶか、ということですね。「あの人」は、社会的にひろく認知されたヒーロー/ヒロインではなくてかまわない、むしろ、じぶんだけの「あの人」でもいいという点がポイントです。
blogを介して、じぶんの考えとか方向性を「あの人」(あの人たち)にチェックしてもらっている…という考え方もできますね。あと、「あの人」がどのようなトラックバックの網のなかにいるか、を見ることで、「あの人」自身を評価することにもなります。そこそこの品格と面白さを感じるblogにしないと、「(ただの)日記」になるのかもしれません。(べつに、ムリに「日記」とちがう…ということを言う必要はないと思うけど、ぼくの理解では、もともとpublishすることが前提ですから、blogは)

  • 2003-05-02 17:05:11
  • blogをみんなで使うということ。
blogについてメールをやりとりしていて、書いたこと。

まず、まろは言いました:

■ゼミとしてのアウトプット
ただ、逆に提案なのですが、ウェブログで流れた内容を毎週メルマガの形式でまとめて ML に配信すると、ウェブログとして、ゼミとしてのアウトプットとして蓄積できるんじゃないか、と思うのです。

ウェブログの欠点は、情報集積と共有には適しているのですが、編集が介在するようなアウトプット、リポートとしてはとてもとりとめがなくて使い物にならない、と言う状態になっているのです。

個人利用の場合は自分のためのデータベースとして有用ですが、ゼミのようにグループ利用となっている場合は、やはりリソースを使いきれていないんじゃないか、と感じています。そのフォローとして、ウェブログ上の記事や議論を扱うグループのメルマガが存在するといいのかな、と思います。

そしてスコッチは:

確かに、「まとめること」に関しては「とりとめがなく」なるかもしれませんね。

しかし、blogが、「編集権」を多様な主体に自律分散化する思想を体現化しているのに、そのblogが生み出す「とりとめのなさ」が、新たな他律集中型の「編集権威」を必要とするというのは、興味深いパラドックスですね。
これぞ、社会科学でいうと「協調論」の最先端トピックスのひとつかもしれません。自然科学(技術屋)さんがいうと、Wikiで解決するとか、言うのかもしれませんね。「編集権」の「自律分散協調」を。

vanoticaらしいアウトプットの出し方としては、「編集権」の自律分散協調さにあるのではないかな、と個人的には思っています。いやー、おもしろいテーマだ。


たしかにこれは興味ぶかいテーマです。
さっきマツムラくんあての個人メールで少し触れましたが、ぼくは(すくなくとも現時点では)「とりとめのなさ」を遊んでみたい…という感じです。手軽さを上手に生かして、できるだけ〈その時・その場〉での様子をとにかく一度アップしてしまう…。じつはそれが臨場感のある記録として、あとから「読める」のではないかと…。
(かならずしもあとからblog上で編集する必要はなくて、それを他のフォーマット ---たとえばメルマガ --- にするのかもしれません)


「編集権」をめぐるコミュニケーション(場合によってはまさにこの編集権をめぐる競争・闘争)があって、その過程でグループが共有する知(というか文化?のようなもの)が生まれるような気がします。それが興味ぶかい。
つまり:
プロジェクトの文化は、(プロジェクトや〈場〉について語る際のテキストの)「編集権」をめぐるコミュニケーションの所産として理解できる。
ということです。blogのアーカイブをあとで分析できれば、プロジェクトの文化(これはボキャブラリーなどもふくみます)が生成されていく過程を見ることができるかもしれません。

個人のblogは、じぶんがすべてをコントロールできるという世界だから、これは「だれでも編集長」です。こうしたツールがあたらしいタイプの、特定少数を読者とする〈つながり〉をつくることになるでしょう。(これは常識的なブログ論ですね)
ただ、データとかスケジュール共有をするグループウェアではなくて、記事の編集を複数のメンバーですすめる、という世界はちょっと面白そうです。

じつはさっき、マツムラくんの書いた「風呂具ガイド」の文章で、「加藤研」ということばが使われていたので、それを「ヴァノティカ」に変更したりしました。その変更を「保存」すると、そのことがもうひとりの編集者であるマツムラくんに、自動的に「お知らせ」として送られるわけで…。
そのメッセージが送られていくのがブラウザで見えるわけです。(あ、もちろん本当に送られているのが見えるわけではありませんが、sending...のように出るのを眺めることにになります。)それは、なかなか不思議な感覚です。

「編集権」がじぶんにあたえられているとはいえ、おなじ記事を複数のひとで書く、という場合については面白い感覚を味わうことになります。こういう話はすでにCSCW研究などで扱われていて、グループのメンバーとともにひとつの文章を綴ることは、行動としてはそれほどあたらしいことではないけれど、blogのツールを使うと、そのあたりがクローズアップされるような感じです。

  • 2003-05-02 10:27:34
  • こちらにもつくりました。
一昨日、〈場〉のチカラのほうのサイトにmtを設置したのですが:[vanoblog]、あれはプロジェクトのメンバーで一緒に編集することにしました。そこで、こちらにもつくりました。
blogそのものは、存在は知っていましたが、やはりじぶんで動かしてみないとそれについて語れないな…と思い、実験することにしました。

最近は、ぼくの身近にいるmt(movable typeじゃないほうのmtです)とハマノ氏が、「ブログ、ブログ」と騒がしいので、その影響を受けていることもたしかです。いずれにせよ、blogとは何か、について考えてみたいと思います。最初は、いろいろなカテゴリーをつくらずに、考えたことなど書いてみます(いちおう、どこで書いたか…をカテゴリーにしておきましょう)。では、よろしくお願いします。

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