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2006年03月13日

 静かに燃える!のである。

(じつはこの記事、2月の末から書きかけのままになっていました…)

トリノオリンピック、なんだかあっという間に終わってしまいましたね。あとからフォローしようと思って、DVDレコーダーにたくさん録画設定をしておいたのですが、けっきょく見るのは“イナバウアー”くらいかもしれません(あとは、開会式/閉会式とか?)。

さて、オリンピックの番組表に埋もれてしまった感じもありますが、2月26日、日本ラグビーフットボール選手権大会・決勝がおこなわれました。雨の秩父宮ラグビー場。ぼくが大学生のころは、同期の友だちが試合に出ていたこと、そして当時のチームは強かった(本当に強かった…なにしろ日本一になりましたから)こともあって、何度もラグビー観戦に出かけたものです。

どうも最近は、ラグビーのジャージがピチピチになって(襟もなくなったの?)、あの肩パッド?も、見ていてまだちょっと違和感がありますが、とにかく、決勝戦です。なんとなく中だるみの感じもありましたが、いい試合でした。とくに後半、同点のままロスタイムに突入する、という、ドラマチックな展開に…。けっきょくは、同点のまま、両チーム優勝。ノーサイドの笛は、もしかすると、見ているひとにしか聞こえないのかもしれませんね。最後の数分は、本当に見ごたえがありました。
スポーツを見ていて学ぶこと、考えさせられることはたくさんあります。単純すぎるかもしれませんが、こういう試合を見ると、1センチずつでも前にすすむ、というひたむきな闘志に心を動かされます。そう、じわじわと押すのです。ときには勇者のように。ド●のように。

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ふり返ってみると、去年も、すごかったんですよ。看板の写真をつかったモザイクの作品。そして今年も、金沢で写された数千枚の写真を、実際には1か月足らずでまとめたわけで…。バックスがライン際を独走するような、そんな派手さはなくても、確実に前にすすむのです。それが、勇者の仕事です。
そしてぼくは、静かに燃える勇者を、静かに応援しようと思います。

2006年02月19日

 ありがとう!なのである。

大忙しの旅でしたが、時差はわずかに1時間だったので、それほど無理もなく、もとのリズムに戻りました。アメリカなどで感じる愛想のよさは、ときどき、お互いが敵ではないことの確認作業のように思えるのですが、シンガポールではちがう感じでした。アジア的なホスピタリティというか、西欧を旅するときとはちがう、不思議な親近感をおぼえました。とくに、“観光客”という身分で出かけると、シンガポールはとても安全で居心地のいい都市なのでしょう。

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出かける数日前に、「フィールドワーク展II」に出展していた何人かの学生からハガキが届きました。「ありがとう」…のハガキです。去年にくらべれば、それほど大したことはしなかったのですが、それでも、ハガキでお礼を言われたりするとうれしいものです。そして、やはり、ハガキならではのスピードがいいのです。書かれているメッセージはもちろんですが、ハガキを書いているゆっくりとした“時間”を想像できるところが、メールとはちがったワクワク感です。

たとえば、●ばちゃんは、年の功?なのかどうかわかりませんが、「ありがとう」をとてもサラリと言えるひとです(あ、そういえば、授業中に●ばちゃんと呼んでしまってごめんなさい)。ちょっとした挨拶さえしない/できない学生も多くいるというのに、表面的なことばではなく、ちゃんと届きます。簡単なことのようにも思えるのですが、なかなか自然にできるものではありません。展示でがんばった分だけ、脱力感(と達成感)も大きいのではないかと想像できますが、あれから1週間ほど経って、ハガキに文字を綴ってくれたわけです。

少し大きな話になりますが、どうも最近は、「ありがとう」が社会的に足りない気がします。たとえばフィールド調査が終わったら、お世話になったひとにお礼のハガキを出す。こういうやりとりが自然にできるようになれば、ひととのつながりは確実に育まれてゆきます。まずは、身近なちいさなことから…ですが、そうやって「ありがとう」をもっと増やしたほうが、毎日が愉しくなるはずです。もちろん、安売りはいけないし、なによりも気持ちが大切です。●ばちゃんのように、さりげなく「ありがとう」が言えるひとは、「ありがとう」をたくさん受け取っているひとなのではないかと思います。

そして、シンガポールから帰ったら、また2通ほどハガキが届いていました。こういうハガキが届くことで、ぼくは、じぶんのやっていることの意味を確認しているのかもしれません。(あ、べつにハガキをよこせと催促しているわけではありません>みんな)

2006年02月08日

 続ける!のである。

今回の「フィールドワーク展II」は、昨年よりも、だいぶクオリティが上がったように思います。とくに4年生の作品はそれぞれの個性が出ていて、面白かったです。フィールドワークの成果を展示するということをつうじて、いろいろと考えさせられます。素朴ながら、ぼくたちは(誇りを持って)ふたつのことに立ち向かわなくてはならないのです。

まずは距離や拡がり。たとえば“路上系”を名乗る面々は、山手線の各駅に降り立って、それぞれのテーマ --- カオとかシワザとか自転車とか --- で採集をおこないました。山手線1周くらいなら、日ごろサボっていてもなんとかなりそうな気もしますが、とにかくすべての駅前(ちゃんとボリューム感のある)駅周辺を歩いたことはスバラシイ(ぼくも、池袋と西日暮里のあいだの、いくつかの駅にはいまだに降りたことないです…)。敬意を表します。はつらつとしたフットワークで、より遠くへ、より広く、を心がけることが大切なのです。何も考えずにまちを歩くのも問題ですが、テーマが見つからない…とかなんとか言っているヒマがあったら、すぐにでもカメラを持ってまちに出かけなくてはならない。

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【2006年2月3日:携帯写真 PONT(恵比寿)にて】

そしてもうひとつは、流れゆく時間です。たとえば、1年間にわたる定点観測の記録を「作品」として仕上げるためには、1年かかります。そう、あたりまえのことです。1年間の観察記録をもとに成果をまとめて、来年の今ごろ展示するとしたら、もうスタートさせていなければ間に合わないのです。

35年間、食事(朝・昼・晩!)の写真を撮り続けたドクター中松はすごいけど、ち●うさんも、すごい。ケータイで撮影された写真は、その夥しい数にも圧倒されるのですが、続けた(続けている)ということが重い。ふだんは、ハラスメントぎりぎりのところまでひとの持ち物や服装をチェックしているち●うさんですが、1枚1枚、ケータイで写真を撮り続けて数千枚。さりげなくテーブルクロスにする、という作品のつくりかたも、「あー、いや、そんなのべつに大したことないッスよ」と言われているようで、ちょっと悔しい。意識しなければ気づかないような小紋となって、テーブルに散りばめられた写真には、3年という年月が封じ込められています。

最近、オサレなクルマを買ったひ●ちくんも、感想のハガキに書いていました。フィールドワークに必要なのは「忍耐」だ…と。なるほど、たしかにそうです。ぼくは、“耐”という字があまり好きではないので、ありていですが、「継続」だ…と言うことにしましょう。そしてそれは、展示を続けることだ、とも思います。「フィールドワーク展」はまだ「II」(2003年度の展示を数えてもまだ3回目)です。卒業生からも出展したいという声があるので、そんなことになったら、毎年、わいわいがやがや愉しいはずです。そのためにも、続ける。いずれは、ち●うさんの作品が壁や床を覆うことになるのでしょうか。

2006年01月28日

 かっこいい!のである。

さて、花束を持ち帰った翌朝。歩いて5分足らずのところにある鰻屋さんを訪ねました。か●ちゃんがアルバイトをしている姿を一度くらい見ておこう、と思ったのです。偶然とはいえ、なぜこんなにもうちの近くでアルバイトをしているのか、その理由はいまだに不明です…。

ここの鰻は格別です。何度か蒲焼きとかお弁当は買ったことがあるのですが、店内で食べるのは、じつは初めてでした。すぐ脇で焼いたばかりの鰻が、目の前でうな重になって…もうこれからは、お弁当じゃ満足できないかもしれません。まだ11時前だったのですが、お弁当を買いに来るひと、店内に入るひと、思っていたよりも出足が早くて、あらためて常連さんの多い店だということがわかりました。社長もおかみさんもとても気さくで、「江戸前」がにじみ出ています。いままでは、ひとりの客として向き合っていたのですが、この日から「か●ちゃんの先生」として、距離が少し縮まったように感じられました。

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【写真はすべてか●ちゃんが撮ったものです】

店先で働いているか●ちゃんは、かっこよかった!です。大学にいるときは、隙だらけで、時々意味不明のことを言ったり、難解な絵を描いたりするのですが、鰻屋で働く姿は“かっこいい”ということばが一番ふさわしい。そう、べつにか●ちゃんにかぎらず、誰でも、真剣に何かに向き合って仕事をしている姿は“かっこいい”はずなのです。もちろん、教員という立場からは、そういう姿を大学で見たい…と期待したりするのですが、教室という場所が少し窮屈すぎるのでしょう。学生と一緒にフィールドワークに出かけたり、他愛のない話をしたり、ハガキや絵手紙をやりとりするのも、できるだけ教室や“学事日程”にしばられない時間と場所をつくって、かっこいい姿を見てみたいからなのかもしれません。

できたてのうな重を食べながら、おかみさんといろいろと話をしました。か●ちゃんが、がんばって明るく働いていることを、とてもうれしそうに話してくれました(もちろん、失敗とか、いたらないところはまだまだあると思うけど)。ぼくを気遣ったお世辞や社交辞令ではないはずです。べつに、ぼくのことを褒められたわけではないのですが、お弁当を手際よく包んでいるか●ちゃんを、ちょっと誇らしく思いました。照れくささもあってか、あまり学生を褒めることはしないのですが、ひとにじぶんのゼミの学生を褒めていただく…というのは嬉しいものです。
そして、ふと「お前の話はもう聞きたくない。だれかがお前のことを話すのを聞きたい…」と、語るアルフレード(※『ニューシネマ・パラダイス』ですよ)を思い出しました。うむ、暖かいぞ。